『私の個人主義』再び

結局去年も、ぼんやりとした閉塞感・停滞感から抜け出せずに苦しい状況だった。特に年末、周囲で結婚報告が相次いだときには、同期に置いていかれたことに痛烈な絶望感を感じた。

なんか手がかりを得たいなーと思って、ふと元日に夏目漱石の『私の個人主義』を読み直した(高校の国語以来、10年ぶりだ)。思うところあって今日また読み直したのだけど、なんかストンと腰が据わった気がしている。

読んでいない方のためにざっとまとめると、これは1914年11月25日、学習院でなされた講演を書き起こしたもので、ざっくりと主に2つの話をしている。前半は「自己本位」の重要性についてで(私流の解釈をするなら)周囲に流される「他人本位」ではなく、自分のライフワークを自ら定め、自分の軸に従って生きていく「自己本位」をとらなければ充実した人生は送れませんよという話。後半は、自ら「自己本位」で生きていこうとするならば、他人が「自己本位」で生きていくことも尊重しなければならないし、まして権力や金力でそれを妨げてはなりませんよという話(言い換えれば、義務を覚悟して権力を使ったり、周囲への影響や責任を弁えて金力を使ったりできるようになるために、それ相応の教養を身につけなくてはいけませんよという話)。本当は他にもいくつかのことを言っていて、特に最後に(軍部が肥大しつつあった時代背景があるのだろうけど)国家主義と個人主義の関係性について漱石自身が逡巡している様子が伺えるところは考察の余地があると思うのだけれど、細かいところはひとまず除けるとざっくり上のような話。

これを読んで、私はまだ自分の軸がブレているのだなということも再認識したのだけれど、それと同時に、他人に自分の価値観を押し付けているということに気づいた。自分の軸が不安定だから、例えば周囲が結婚ラッシュになると凄く動揺してしまうし、未婚の奴とは「独身貴族しようぜ!」みたいなイタい同盟関係を築いて拘束しようとする。一方で自分の軸が不安定だから、周囲が国家試験に向けて臨床勉強一直線になると、慌てて同じ路線と真逆の路線を行ったり来たりする。全て自分の自信のなさ、軸のブレ、ライフワークの手ごたえのなさに由来しているのだと思う。

じゃあどうすればいいのかというと(まず価値観や人生の優先順位を見極めるのはもちろんとして)結局はもっと必死に勉強して、練習して、突き進めて、足掻き続けて、いつか自分の中に信じる軸、あるいは輝きだす原石を見つけるのを待つしかない…という自明の結論に至る。進路や結婚についても、他人は他人、自分は自分として生きるしかないのだろう(SHERLOCKのマイクロフトの言葉を借りれば「深入りするな」ということだし、漱石の言葉を借りるなら「人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らめて、去就を定めるのだから、ある場合にはたった一人ぼっちになって、淋しい心持がする」覚悟をしなければいけない)。結局「我は我のいくべき道を勝手に行くだけ」で、そこで幼稚な”ないものねだり”をしていても何の解決にもならない。王の招命は来ない、神の救済も来ない。誰も安易な救いの手など差し伸べてはくれないのだ。

余談だけど、「自己本位」の問題は私に限ったことではなく、この国全体を薄暗く包み続けている問題でもあると思う。漱石が生きた100年前、この国は欧州のケツを舐めていたけれど、70年前にその対象が米国にすげ変わっただけで、結局は今もやっていることには進歩がないように思う。さらにウェブが発達した現在、どうなったかって(naverまとめとか見ていると特にそう思うんだけど)よく分からないソースをそのままリツイートして、引用して、まとめて、やっていることがまんま「他人本位」ということはかえって加速しているようにも思う。学術的にも先行研究が多すぎて、引用の引用みたいなことが増えているのではないだろうか。漱石の言葉を借りるなら、もともと人間には「槙雑木でも束になっていれば心丈夫」なところがあるし、中でも日本人はそうした性質の強い国民性なので、「他人本位」への親和性が高く、ピットフォールに陥りやすいと感じる。

もちろん、自分で資料を批判的に検討して、オリジナルな意見を主張している人はいるけれど、それはごく一部。これからますます、自分で考えることが重要になってくる時代。そして、そのために学び続けることが重要になる時代が来るんだろう(「下手な考え休むにタルタル」なのだ)

てなわけで、今からちょうど100年前の漱石の講演にもまだまだ学ぶべきことがあると感銘を受けると同時に、この100年間同じような課題が残されていることに進歩がないなぁとガッカリした正月なのだった。

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